鈴木正のGODDESSニュース

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2005年 9月19日(MON) 14時 1分 伊良湖ロングボードクラシックトランジッションクラス3位入賞
昨日(9月18日)愛知県伊良湖赤羽ロングビーチ海岸ロコポイントに於いて開催された日本最大のロングボードコンテストトランジッションクラスに於いて私鈴木正はホットステックを駆使し無差別級にも関わらず3位入賞を果たしました。若手の中に混じって良くファイナリストに成れた、と不思議な感じがしています。それは取りも直さずホットステックの凄さ、この一言に尽きます。ロングのロイアルクラスは2回戦で敗れました。この日は6回戦戦った事に成ります。トランジットクラスの前半はロータイで塩が引きサイズダウン難しい戦いでした。後半から水量が増しうねりも肩位まで上がり風はオフショア、最高のコンデションに成りました。正にホットステックの本領発揮でした。良い波は早いテイクオフから当てこみもほぼ完璧に決まりバックサイドのバシッと言う当て込みが決まった時には行けたかな、っと言う感じが伝わってきました。トランジットクラスは殆どが30代昔からサーフィンを続けてきた人たちが多い、其の中で63歳のオッサンがココマデこれたのはホットステック以外には理由は有りません。ホットステックの凄さは十分に披露出来たと思います。300百人以上の選手が一同に開始開催される伊良湖ロングボードクラシックは年々巨大化しフラダンス、大太鼓等又多くの業者が出展し賑わいを見せている。運営する方も相当の労力を必要とし運営が円滑に進められている事に感銘を受けます。
又それぞれの企業の契約PROも12名が参加し大いに会場を盛り上げていた。ヶビンが来ていた事も大きなニュースでした。エキビジションでの12名のプロ達の演技は多くのギャラリーを水際まで引き寄せ棒立ちにし成果が高まった。ロングのロイアルクラスはバリハイの武藤君が優勝した。今まで2位には成った事が有りますが一回も優勝できません、目標は1回優勝する事です。又来年私は練習を積んでこの試合に挑戦したいと考えています。二日間伊良湖に行っていましたがこの二日間は本当に楽しく、大松やの天丼も最高、サーフィンの味噌カツ定食も最高、多くの友人、波にも恵まれ最高の二日間でした。一生懸命働き身体を健康に維持しサーフィンに没頭できる環境は他の何物にも変えられない自分に取っては最高の宝物。
2005年 9月11日(SUN) 9時33分 ホットステックの楽しさ
写真は13号台風後の茅ヶ崎SHOP下、肩頭、時々大きなセットが入る絶好のサーフィン日より、カメラマンは吉岡PROカメラマン、朝TELしたら快く来てくれた、ホットステックの凄さはどんな波でも使えると言うことです。私は63歳です。とても幸せな事に健康で大きな怪我も無くズットサーフィンを続けて来ています。歳と共に体力の衰えは否めません。ロングもズット乗っています。しかし何時も何か終わった後に満足出来ない何かを感じていました。ショートボード時代の波を滑り降りるスピードと爽快感、ビシッとした板の切り替えし、クイックな動き、それが忘れられず寝ても覚めても其の事が頭から離れず、漠然と考えたのが、ロングの良さ(楽なテイクオフ、板の浮力、楽なパドリング、早いテイクオフ)とショートの良さ(スピード、アグレッシブな動き、クイックなターン)これをドッキングさせたらどうなるんだろう、と言既成概念を打ち破った発想が浮かび上がってきました。するとトンデモ無い寸法が頭の中に浮かび上がって来ました、長さ260、幅58、厚さ8、と言う世界中の誰もが考えた事の無い数値と成り、シエーパーで有る自分は居ても立っても居られなくなり、翌日からシエーぷに取り掛かるつもりでした。ところがこのサイズに合ったブランクス(フォーム)が無い事に気が付き早速クラークフォームのカタログを引き出し、9ft3インチの10センチ厚のフォームを見つけました。発注し2ヶ月が経ち、やっとアメリカから取り寄せました、急いでシエーぷに入った所、今度はノーズロッカーがどうしても自分のコンセプトと一致しない、またまたUSAクラークフォームにオーダーしブランクスのロッカーを強くし特注し作ってもらう事に成りました。時間はどんドン経って更に2ヶ月経過してしまいました。待ちに待ったブランクスが到着したのが歳を越えて2月になり最初のホットステックが完成したのは3年前の平成14年2月の事でした。出来上がった其の日にパークに自転車で運び2月にも関わらず暖かい日でした、波は膝腰、最初のテイクオフは今でも忘れません。板の浮力、強めのノーズロッカー、板は全く今まで体験した事の無いすべりで走り出しました。強めのノーズロッカーのせいで板は全く軽くトリミング出来しかもロングとは別の軽快な走りが出来ました。周りには3人ぐらいしか居なくて思わず海の中で スッゲイ、これだ、ってこぶしで水をたたいたのを今でも鮮明に覚えている。それから何台のホットステックをテストライドしただろうか、今使っているこの板はCタイプとなりサイズは(265×59×8,2)と進化し、クロスもSクロスを使用し軽量化を計り、ストリンガーも軽量化の為に6ミリから4ミリに細くした。時間は掛かったけどホットステックは完成した。自分のライデングを何回か紹介させて貰っている、多くのユーザーに私の写真を見て頂く事で歳をとっても、ホットステックが有れば若い時のようにショートボード感覚でアグレッシブなサーフィンに戻れる事を伝えて行きたいと考えています。ホットステックはそう言う意味で世界中に多くのファンを持つように必ず成ると思います。これは紛れも無く日本人である私の発明だと思います。それはある日 Bアグラちゃんのお世話に成らないとどうにも成らない人が 突然それを全く必要としなくなった、と言うぐらい大変な発明です。私が契約しているアメリカサーフテック社の社長がSHOPに来てホットステックを見て驚き、感嘆し即座に契約が成立し来期サーフテック社の製品としてモールド化され世界中に販売が開始されます。Bタイプ(260×58×7,8)です。勿論シエープもします。写真説明が後に成りましたが、左上の写真は早いテイクオフの写真、ボトムでのターン、フロントはショートに近い板の走り、その全部がチエック出来るかと思います。今期からホットステック専用ハードケースが標準装備されました。新価格に含まれますが、是非乗ってみてください。こんなに楽しい板は有りません、63歳の僕でもバッチリアグレッシブなサーフィンは出来ます。マダマダサーフィンはこれからです。もし海で私がホットステックを乗っていたら是非声を掛けて見てください。1〜2本乗ってみてください。乗れば直ぐ分かります。そして新しい発見に驚く事でしょう。今週末は伊良湖に行きます。伊良湖ロングボードクラシック50歳オーバーにエントリーしています。目標はファイナルに残る事です。弟の省吾、テージェイズの椎名さんキッズの基君と楽しいトリップをして来ます、しかし遊びじゃなく勝ちに行くのです。
2005年 9月 9日(FRI) 18時25分 貴重な写真
これは3年前オーストラリアのヌーサでのビーチスナップ、ドナルド、ナット、私の左がデビッドヌヒワと彼の奥さん、ここで会えた喜びで皆一杯だ。お互いが無事に年月を重ねそれぞれの方向性を生かし、活躍の場を見つけ何年かに一回の貴重なビーチミートだ、仕事の話は一切無い、只ビーチに集まって自然と一つの輪が出来上がりお互いがシエークハンドするだけで年輪が重なって行く、一緒に海に入り波に乗りたわいの無い会話が一瞬のうちに溝を埋めて行く。夜になれば誰に言われるでも無しにバーに集まりビールを酌み交わす。そこにはお互いの年月と国境を越えた尊敬の念と会えた喜びが交差し時間を惜しむ様に多くを語り合う。お互いが元気で居られる事。Still Surfing サーフィンを続ける事の意義が伝わってくる。サーフィンは凄い、世界中のレジェンドと言われている人も
何時か消え去って行く、それは悲しむべき事ではありますが自然の営みの中での事でもある。今を生き友と会える事の重要度が年々違って来ているのは否定できない。これだけのメンバーで又何時会える事か、それは誰にもわからない、貴重な写真であることは間違いない。
2005年 8月25日(THU) 15時15分 ナットと茅ヶ崎SHOPにて
何回か紹介していますが、先日ナットがいきなり訪ねてきて私の所へ一泊し帰る前に記念撮影のスナップです。丁度来ていたクラブ員の元君とユウ君が一緒に収まりました。ラッキーと言う感じです。
ナットの一番下のプライスのサマーバケイションを利用しイギリス、フランス、日本と回っての途中でした。世界のスーパーレジェンドが気軽に私共の店に寄ってくれるなんてとても嬉しい事です。これからも世界中のサーファーとコミニュケイションを育みサーファー同士がお互いに情報を交換し仲良く又サーフィン文化が世界中に普及、発展して行く事を期待したいと考えています。
2005年 8月14日(SUN) 18時36分 ナットヤングとマイハウスandマイワイフ
ナットファミリーが朝私の家を出発する時に撮ってもらったスナップ、ナットは何回か今まで私の家に泊まっている。私のワイフももう慣れたもので部屋に小さな冷蔵庫を置いて必要な食べ物は用意している。何も手間の掛かる事はしていない。朝食も何処にも有る朝食で勝手にコーヒーを飲んでてもらう。嫁さんには何時も感謝している。急に人が来ても直ぐ対応してくれる。外人で有っても他の人でも何時も完璧だ。それはさて置き、ナットは昨日まで茨城の友人宅に居たとの事で茅ヶ崎まで6時間掛かったとの事、息子は14歳でまだ可愛く、でもサーフィンでは頭角を表してきている。兄のボーの跡を継いで後何年かしたら雑誌の誌面を賑わして居ることでしょう。ナットは奥さんにとても優しく、息子のプライスにも朝起きて朝食を取る時にプライスにキスしていた、そんなちょっとして事にナットの優しさを感じ自分も家族を大切にし嫁さんに優しく子供にも優しくしてゆきたいと思う。又ナットとは何時会えるか分かりませんがお互いが切磋琢磨しサーフィンの歴史の中で尊敬しあえる関係を継続して行きたいとねがっています。
2005年 8月12日(FRI) 16時11分 工場でのナットヤング
写真は当社茅ヶ崎工場にナットと言った時の画像です。私の家から直ぐの所にあるので朝方行ってきました。工場が以外に大きいので驚いていました、早朝でしたのでスタッフもまばらでしたが当社の工場はシエープルームが5個あります、グラッシングルームが2個巻き台が12個あり日本では最も古い部類にはいります。私のシエープルームは真中に有り時間の許す限りシエープルームに居ます。エアコンは無いし夏は地獄です。冬は動きで身体が暖まるので苦痛ではありませんが夏の最盛期は2リッターの水分補給を20分ぐらいの間隔で補給します。シャワーを浴びる時の爽快感は最高です。
ナットは今回ファミリーと来ているので一緒にサーフィンする事は出来ませんでしたが、息子のプライスのDVDを見た時に14歳乍立派にナットの血を受け継いでいてボーに匹敵するサーファーに育って行くと思う、親子で世界を回りインターナショナルな感覚を身につけ、行く行くは世界を相手にしたサーフィンファミリーに育って行くと思う。世界の偉大なサーファー、ナットとの交流のお陰で私達ファミリーも外人を家に泊めるという最初の頃の戸惑いは無くなり意外とあっけらかんに付き合って行けるように成って来ている。
2005年 8月10日(WED) 8時37分 ナットヤングファミリー来る
突然ですがオーストラリアからナットヤングファミリーが私の所へやって来ました。息子のプライスの夏休みを利用しイギリス、フランスと一ヶ月掛けての来日で私の家に泊まって昨日帰国した。ナットはBic社の仕事を兼ねて彼のニューモデルのプロモーションも兼ねてのツアーで奥さんを連れての来日となった。ニューモデルの9,4は今までのモデルに無かったグッドサイズで初心者は価格的な需要にマッチしていてかなりの売上を作っている。ナットの息子ボーヤングはロングの世界チャンピオンになりその後引退し音楽活動に入っている日本にも来月くるとの事です。ナットは言わずと知れた歴代の世界チャンピオンで親子揃っての世界チャンピオンは他には居ない。オーストラリアのサーフィンヒストリーを一冊の本に纏め上げ世界中に多くのファンを持ち雑誌ボーグの表紙を飾った事も有る、私とは古くからの友人で日本に来た時は必ず寄ってくれる。息子の剛も可愛がってくれていて小さい時に抱っこしてくれている写真が家に残っている。私の家には色々なレジェンドが泊まっている、遠くはデビッドヌヒワ、マイケルホー、ボブマクタビッシュ、レイグリーブ、今年の5月はアローのボブピアソン、カルフォルニアのBic世界チャンぷのブラッド等も泊まっている。ナットは別格で世界のサーフィン全般の話を交流する、これからサーフィンはどうなって行くのがベストか、動きとしてどう対応して行くべきか、いろいろな事を話し合う、今回あった話の中で、世界を網羅したサーフィンヒストリーをブックにしたいと言う構想を持っていることを知らされ協力の要請があった。今後どのような構想に成るのかそれによって私も日本の中でペンを取る事になるのかも知れない。AnyWay,ビッグな人はビッグな構想と大きな行動力を持っている。茅ヶ崎のアンチョビで夕食をとり、奥さんが完璧なビジタリアンには参った。でもかなりの太っちょ?でも仲の良いナイスファミリーだ。
2005年 8月 5日(FRI) 12時11分 HotStickでの露出
先週ホットステックでのNHKの取材がありました。放映は9月20日、又は27日の予定です。時間帯は夜11時頃です。タイトルは少し忘れてしまいましたが、茅ヶ崎のお宝発見、と言うような番組です。茅ヶ崎の有る旅館の中庭に朽ち果てたサーフボードの形をしたベンチを発見した、と言うストーリーです。時間の有る方は是非ご覧になって下さい。
又今日8月5日有る雑誌社から、グレイトエイジと言うDVDが発売になります。そのサーフィン部門に私がホットステックでサーフしている映像が収録されました。60歳代の色々な分野のエキスパートが出演します。其の仲の一人として登場します。撮影は今朝早朝6:00からパークで行われました。波は意外と良い形でホットステックの面白さが出ていると思います。何時発売になるか、決まったら記帳します。又近じかロングのビデオが製作されます、其の仲に息子の剛、私が登場します。私はシエープとサーフィン両方で出ます。又ハッキリしたら書き込み入れます。
2005年 7月12日(TUE) 14時11分 Myファミリー
久しぶりに全員集合、私には4人の男兄弟が居る、ちなみに私は下から二番目、三男坊です。私がサーフィンを始め気が付けば兄弟の息子達は全員PROサーファーに成り、一時代を築き上げて来た。敏は有一世界選手権代表に選ばれている。今を時めくアマチュア時代のケリースレーターと同じヒートを戦った事が彼の誇りだ。敏は今では鈴木家の跡取として仕事を取り仕切り家業を守り立てて居る。今はアマチュアに戻り先に行われた茅ヶ崎支部予選グランドマスターで優勝し、湘南で行われる全日本に向けてスパートを掛けている。克巳は工場で働きながらJPSAのプロツアーを今でも歴戦している。SHOP下での克巳のパフォーマンスは誰にも真似の出来ないスピードとアグレッシブだ、JPSAで勝てないのが不思議なくらいだ。
剛は間もなくハワイに出発する。上の兄の息子の公冶と一緒に行く事に成っている。無我夢中で突っ走って来た自分の後ろをファミリー全員が同じ様に着いて来てくれて居る事が不思議で今も信じられません。門前の小僧習わぬ経を読む、と言いますが正にそんな感じです。僕が湘南で行われた第3回全日本選手権大会シニアクラスで優勝してから早30数年が経ちました。記念すべき全日本が又この湘南で10月開催される事は記念すべき事で私に取っては次はもう無いかも知れません。子供達が皆育ってそれぞれが生計を立て次の世代に受け継がれて行く事は自分に取って:幸せ: の一言です。