今朝
伊良湖の大会のブログをアップしましたが
色々と足りない所が有って
プラス最終編
まず
私が名付け親の {サーフィン}の若手ご夫婦
ステッカーが沢山貼ってある入口
私の出場した
グランドレジェンドクラスの表彰式
ナント常勝の武藤君、トウヤ選手二人は順位をジャンケンで決めたみたいです
優勝は 平塚の 岩井選手
準優勝 地元の 金光選手
3 位 トウヤ選手
4 位 武藤選手
常にファイナリストの茨城の岡田選手も1回戦敗退
流れがキツク 難しい試合でした。
和歌山の仙田君とのツーショット
和歌山Goddessが有った頃からの付き合い、俊平君の代わりに来ていた。
武藤君のファイナル試合
最後は矢張りレスキューのバギーに乗っての帰還
僕と同じで砂浜が広いので
歩くとかなりキツク運んでもらう方が良い
僕も右足の靭帯を痛めていて
砂浜を歩くのがキツクてバギーに運んでもらいました。
27年間継続して来れたのも
武藤君の情熱と名古屋勢の協力の賜物です。
武藤君は良い仲間を持って幸せです。
本当に長い間ご苦労様
昨日伊良湖から帰って来ました。
伊良湖でのロングの大会は之で幕を下ろすので
この後伊良湖に来ることは叶わないかもしれません。
今回の試合はそんな思いで参加しました。
足が思う様に動かなくてふがいない結果でしたが
武藤君との最後の戦い
侍として尻込みする訳には行きません。
板を運んでくれたレスキュー隊長
の海さん&スタッフの皆さん
宮崎の全日本でもお世話に成りましたが
今回も大変お世話に成りました。
又此の大会に参加するために地方からも色々な選手が来てくれています。
和歌山からは仙田君が来ていて
3年前に他界した俊平君の代わりに来ました。 と言って
そっか、其れなら僕が試合に出でる時は
俊平君を背負って出るよ。 ナンて云いながら。
僕が遠くに車を停めているので
近くの駐車スペースを開けて呉れたり。
又宮崎で一緒にサーフィンした仲間が
焼酎を持って来てくれて嬉しいです。
又茅ケ崎で開催されたねんりんピックの時に
一緒に出場した大阪のメンバーは
名物のお団子を持って来てくれて
本当に有難く感謝です。
今回宿泊でお世話に成った
レストランサーフィンは 私が名付け親で
今回は宮下さんの息子夫婦が厨房から出て来て呉れて
写真に納まりました。
此処赤羽根に最初にSHOPを作ったのはGoddessです。
最初にお世話に成った中神はるか先生が僕を役場に連れて行って呉れて
伊良湖のサーフィンの歴史は始まりました。
そんな思いもあって
伊良湖は私の第2の故郷です。
建物を作る時は宿も無くて職人が泊まる場所を
大松食堂の奥さんが
家の母屋で良かったら使ってください。
と言って親切にして頂きました。
今回は既に営業はして居ない大松屋さんにも
挨拶に行って来ました。
バリハイの武藤君のお陰で
年1回、伊良湖に来る楽しみがありましたが
今回が最後に成るかもしれません
お陰で心置きなく
お世話に成った方に挨拶が出来ました。
帰りに弥八島のビーチに降りてぐるっと回って帰って来ました。
昨日はビックリです
ナント北海道から
以前シニアスクールを卒業した
高田さんがヒョッコリ訪れました。
何故驚いたかと言うと
ナント夢だった日本橋を徒歩スタートし
京都まで歩く(東海道53次) と言うのです。
此れにはビックリドンキー? です。(笑い)
昨夜藤沢まで来て宿泊し
どうしても僕の顔が見たい。 と言って寄って呉れました、
満杯のバッグを背負って
今日は小田原迄。
予定では1日25キロ歩く予定だそうですが
約9時間ほどかかるので、どうしても宿に付くのが遅くなってしまう。
と言って、早々に歩き出しました。
高田さんは北海道の方ですが
仕事で月に2回ほど東京に出張で
その序に当、湘南サーフィンアカデミー に入校されました。
シニアスクール5回コースです
凄く熱心で其の後
茅ケ崎にアパートを借りて1年ほどサーフィン三昧でした。
奥さんを茅ケ崎に呼ぶ計画でしたが
最終的に奥さんは北海道を離れない。と結論が出て
止む無く、北海道に戻りました。
既に3年ほど経過して居て
どうされて居るかなー と思って居た時に
ヒョッコリと現れました。
この話だけでも根性のある人だなー と言うのは理解できると思いますが
昨日は短い時間でしたが、その後の行動
今後の目的など、聞く事が出来ましたが
奥様とあっちこっち旅行に行っています。
凄いです。サーフィンも北海道で続けてやって居るそうです。
高田さん、クレグレモ無理はしない様に
無事に京都まで行ける事を願って居ます。
又その都度何かありましたら
情報を送ってください
ブログで紹介したいと思います
PCのメールアドレスは info@goddess.co.jp です。
携帯にショートメールで写真を送ってください 08051830018 です。
又お会いできる日を楽しみにしています
一緒にサーフィンやりましょう。
くれぐれも気を付けて
目標達成に邁進してください。
9月23日~29日迄
熱い大会が開催されていた
全国から集まった選手の皆さん
又会場を開けて呉れた地元の一般サーファー
スポンサーして頂いたソラシドエア―始め
宮崎県、及び各企業の皆様、団体
本当にお疲れさまでした。
全国70以上の支部が一同に会する大会は
この歴史ある 全日本選手権しか有りません。
選手の皆さんに至っては
1年間猛練習を重ね、各支部の予選を勝ち抜き
はれの栄冠を手にしての念願の大会だと思います。
サーフィン人生の中で
全日本へ出場すると言う事は
人生の転機になる。と言っても良いかと思います。
又そこで結果を出した選手は
将来的にPROへの登竜門を潜った事に持つががるかもしれません
キッズクラス、ボーイズクラスでは
未だお母さんに連れられてきている選手が多く
家族のサポートが無ければ全日本へ参加する事は叶いません。
私がお世話に成って居るペンションにも
お母さんと一緒に来ている選手が3人いました。
全日本は年1回だから良いんだと思います。
僕自身,自らに何時も言い聞かせて居る事は
大げさかもしれませんが
全日本の大会は
実は、唯試合で戦う事だけでは無くて
日常の全てが其処に凝縮して結果として出て来る結果だと思います。
そうです
試合にはその選手の日常、全ての集大成が其処に結果として
出てくると思って居ます。
1ヒート 15分
たった15分の中に実はその選手の生活の全てが出てくるのです。
勿論試合ですから
戦う戦略、チョイスする板、色々な要素が備わって居る事が重要です。
しかし、最も重要な事は
1年間、試合に合わせてどんな生活をして来たか?
と言う事が最も重要なファクターに成って来ます。
健康であることは基本中の基本
精神的にも健康である必要があります
仕事もキッチリとコナシ
社会人としても皆に認められる様に努力を怠っては居られません。
家族の有る方はファミリーとしてのコミニュケイションも大切にしなければ成りません
{ 全日本の15分 }
この15分はその選手の日常生活の全てが集約されています。
そういう意味で
全日本へ出場すると言う事は
人間的にも大きく人を成長させて呉れて居ると考えます。
食事にも気を使います
朝、簡単なストレッチは欠かしません
水を多く飲むようにしています
波が有れば入る様にしています。
仕事は一生懸命やる様にしています。
(最後に成りますが)
宮崎に行って色んなことが勉強に成りました。
一人で羽田に向かって
駐車場に入ろうとしたら
満車で順番待ちに多くの時間を類やしました。
相当早くに来ないとイケないんですね。
P2の駐車場に車を入れました。
所が出発搭乗手続きのロビーは第一ターミナルで
出発ロビーへは
4階の通路を通って第1ターミナルまで移動しなければ成りません。
地下に降りて長い通路を9,8を担いで移動しました。
分からに事ばかりで
その都度大変で、キャスター付きのケースが必要ですね。
帰りも同様
P2の3階駐車場まで行くには
行きと同様地下に降りて長い通路を台車に載せての移動
其処から一旦4階まで上がって通路を通って
又エレベーターで3階まで降りて
やっと車の所までたどり着きました。
嫁さんに車の行き場所が分からなくなるので
必ず写真を撮って置いて、と言われて居たので
その通りにしてよかったと思います。
何しろ、毎日が勉強ですね。
分からない、では済まされません。
ナビのお陰で空港内のの道順は難なくスムースに
ランダムに写真を載せて置きます。