Goddessの創成期を知る
古顔の鳥九さんが来てくれました。
鳥九さんは有名な焼き鳥屋さんです
新橋の機関車広場の裏にあります
神田正輝始め多くの芸能人が来る有名店です。
サーフィンが大好きで
当茅ヶ崎店の裏に家を建てて
仕事前に1ラウンドやって新橋に通って営業していました。
メンバーの南郷のミヤちゃんと大の仲良しで
数年前にミヤちゃんが亡くなり
鳥九さんは茅ヶ崎の家を手放し東京に戻りました。
Goddessの昔の知っているレジェンド中のレジェンドです。
昨年最愛の奥様が他界し、
還暦の時に作った板もGoddessに寄付し
サーフィンから遠ざかりました。
仲間の伊藤氏が連れてきてくれて
鳥九さんはGoddessの古いT-シャツ、トランクス等
グッズをずっと保管してくれていて
本当にGoddess愛を感じます。
Goddessはこんな多くのメンバーに支えながら
今が有るんですねー
鳥九さん何時までも身体に気を付けて
現役で営業を続けて行ってください
今度東京へ行くときは
寄らせていただきます。
ありがとうございます。
正月以来今回が3回目です。
右足の肉離れがオを引いて今一状態が続いています。
昨日は様子見でしたが
未だ全然で又暫くは安静に、と言う感じです
右足は利き足で立ち上がる時に
つま先に力が入るので、すごく慎重に成ります。
スタッフにスマホで撮影して貰ったんですが
波は良いんですが
立ち上がる気に成れず
最後の1本は何とかスープ乗りで上手く撮ってもらいました。
空は青々としたブルーで透き通って居て
富士山もクッキリと見れてやっぱ湘南は最高です。
風も弱くオジサンに優しいコンデションでした。
沖合に出ると元ライダーの秀さん他メンバーから声をかけてもらって
メチャ幸せです。
メンバーたちは皆上手くて良い波を捕まえていました。
僕はと言うと、板はタンカーで
普段ならアウトから行けるんですが
この日は気合が全然入らなくて
時々入る極上の波を1本も乗れずに、情けなくて
穴が有ったら入りたい。と言った所です。
でも、まあ今日のテストで足の感じが掴めたので
後1か月位かな?
と分かっただけで気持ちも落ち着きました。
やっぱ、サーフィンは最高ですね。
何としても直して4月ぐらいからは復活出来ると思います。
スノボーはハードブーツのお陰で
足に負担は少なく普通に滑れていますが
それでもガンガン攻める滑りは出来ません。
何時も空いているバーンを力を抜いてリラックス滑りをしています。
これが又良いんですね。
雪山をゆったり滑るのが一番良いですね。
之も今シーズンの発見でした
コロナ以来
中断していた
伝統のGODDESSクラブ員大会の日程&場所が決まりました。
10月19日(日)です。
場所は銅像前の予定です
鵠沼は年間を通してイベントが多く
1っ昨日KBSSのミーテイングで大会申請をして
ローテイションが決まります。
10月は暖かで最適なシーズンです。
それまでに、メンバーの皆さん
練習を積んで良い結果が出るように頑張ってください。
ルールとして
GODDESSのクラブ員大会ですので
板は当店で扱っている板に限られます。
ウエットは Sumurai Spirits Wet Suits です。
不明な点はスタッフにお問い合わせください。
久しぶりの大会で盛大に盛り上げていきたいと考えています
又、アフターBBQも例年通り賑やかに開催いたします。
是非多くのエントリーを期待しています。
おはようございます
当クラブ会長の箱田氏がお亡くなりになり
昨夜お通夜に参列しました。
ご親族でのお通夜ですが
奥様のご厚意で私も参列することができました。
箱田さんは
50歳の時にサーフィンを始めました。
当時私は江の島東浜にある
ピアスポーツの経営をしていました。
この施設はウインドサーフィンが主体の施設で
茅ヶ崎の日本精麦という会社が3000坪の土地の有効利用を
考えていて、当時の富士銀行からの依頼で
その新規事業に参加することになり
常務取締役という肩書で
施設の設計、2階のレストランの運営に着手したころです。
箱田さんは私と同年齢で
ウインドサーフィンスクールに入りました。
50歳でもあり私がスクールを実施しました。
東浜といえども海はうねりがあって
セールアップがなかなか上手くいかず
箱田さんは、ウインドサーフィンは難しいので
ロングボードを持ち出して、サポートしながら教えたところ
その日のうちに何とか立てて
そこからサーフィンに切り替えました。
最初はサーフィンも難しいので、もう来なくなるかなー
と思っていましたが
毎週来てくれて、私が専属で教えるようになりました。
僕がピアスポーツクラブで勤務するのは午前中のみ
箱田さんの熱心さに
僕も一緒になってサーフィンする日が多くなって
お茶したり、親しくなって数年がたったころ
箱田さんにGoddessサーフィンクラブの会長に成っていただきました。
一緒にハワイに行ったり、宮崎に行ったりしました。
箱田さんの履歴は
イブサンローランの日本支社長
コカ・コーラの日本支社長などを歴任し
のちに自らの会社を立ち上げ
企業コンサルティングや講演、本も100冊以上世に出し
ベストセラーに成ったこともあります。
奥様はJALのスチュワーデス
西鎌倉に住まわれ、山中湖には別荘があり
サーフィンするために鵠沼にできたマンションのペントハウスを購入し
仕事前にサーフィンする。というサーファーのライフスタイルを築きました。
箱田さんにとってサーフィンは大きく人生を変えました。
箱田さんの著書の一冊に
私にとって人生の師匠は 3人いる。とあります。
その3人目に私の名前がありました。
驚きと如何に箱田さんの人生がサーフィンによって変わったのか?
それが良く分かります。
昨夜、棺の中の箱田会長のお顔と対面させていただきましたが
穏やかで、ふっくらとしていて、安らかに眠っている感じでした。
奥様には、僕は幸せだった。と言っていたそうです。
ダイナミックな人生だったと思います。
船で世界一周をしたり
アメリカ大陸3000キロを車で走破したり、
奥様との幸せな時間がたくさんの写真に納まっていました。
サーフィンの写真も多く
その中に 50歳からサーフィンを始めた。という1枚に
私と一緒の写真もありました。
初めてオーダーして作った星条旗入りのロングです。
カントリーミュージックも長年メンバーとやって来て
祭壇では箱田会長の生の声が流れていて感動しました。
お別れに呼んで頂き
本当にありがとうございました。
会長との思い出は私の 宝物です。
Goddessのクラブ員大会に何時も来ていただき
ユーモアの有るスピーチ
表彰式
会長の温かい笑顔
決して忘れることはありません。
本当にありがとうございました。
クラブ員に代わって
厚く御礼申し上げます。
これからもGoddessサーフィンクラブを
どこかで見守っていてください。
さようなら、箱田会長、さようなら
残念です。もっともっと会長とサーフィンしたかったです。